精神的にも肉体的にも限界です。

12月31日で私が配達のパートをしているスーパーを退職した22歳の女性の言葉です。高校を卒業して3年になるのかな同じ年に学校は違うが同級生が2人で配属されたらしい、もう一人の女性は昨年3月に腰の具合が悪く退社。スーパーの中では沢山いる女性のなか同じ入社の2人が正社員とのことでした,問題は沢山いる女性の中でこの2人が一番若いということです但し高校生のアルバイトを抜いてはの話です。私も考えてみると20代中過ぎてやっと会社の中で戦力になって行ったような気がします,入社して二年や三年ではまだまだ未熟ですそこに色々なパートに女性がいるわけですから,ましてや勤務のローテーション表などは社員とはいえ一番若い彼女が作成いているのだから大変みたいでした。彼女が休みの時には彼女への悪口を何回も耳にしました,確かに人間ですから間違いやミスも犯しますが黙って聞いていると彼女一人が悪いみたいな話になります。それは違うのではないか悪口を言っている女性達も沢山の間違いやミスを犯しているのに良くそんな事言えるのだろうか。定期的な休みがあったとしても閉店は8時年店の休みは年2回精神的にも肉体的にも彼女は限界にきていたんだなと改めて今思う。

年賀状に思う、元日の出来事。

今朝10時頃年賀状が届く、私宛の年賀状と嫁さん宛両方で60通ほどである。毎年年末にこのとおもう人にはもう出さなくても良いかなとおもう人が数人いる、今回も考えたが頂いてるのに出さないのは失礼と思い出したお宅がある。数年前北海道から横浜に転居したお宅である、12時過ぎに初詣に出かけ家に戻った1時半頃元日からは珍しく電話がああ又嫁さんの実家からだなと思って聞いていると,普段電話など来ることのない聞いた事のある名前が嫁さんが対応し電話が終わった後に事情を聞くと先方の話では身体の調子が悪く年賀状を息子さんに頼んでおいたが息子さんも忙しくて出すのが遅れたとの事、先方が出す前に私の年賀状が届いたとの事の恐縮しての電話でした。本当に年賀状一枚出すにも難しいものだ感じた平成30年の元旦でした。

子どもの頃の年末、正月料理におもう。

わたしが子供の頃,昭和の30年代小中学校の頃の年末年始の食べ物の記憶。その頃は裕福な家庭は少なかった私の家庭も6人家族で極普通の貧しい家庭でした。大晦日のご馳走何てほとんど記憶がないが蕎麦は食べたと思う、それと口取りのお菓子と言うかエビやタイをかたどった生菓子を食べていた様な記憶がある。正月料理で記憶にあるのは,大きなジュラルミンの鍋で煮たごった煮のうま煮と海で釣ったチカの昆布巻き最高の食べ物は親類の農家から分けて貰う豚肉の今風に言うとスキヤキでした。具在は肉と凍み豆腐しか記憶に無いせいぜいネギくらいは保存していたのだろうか,只餅だけは各家庭で餅つきをしていたので豊富だったようなきおくがある。今日大晦日のわが家の料理は子供の頃には無かった、さしみ・茶碗蒸し・飯寿司・黒豆・数の子・ゆでたボタンエビ・生寿司・蕎麦・栗きんとん・なます・元旦には蒲鉾・伊達巻・イクラ・が追加でお膳に乗るはずです。子供の頃から比べると果物もお菓子もお金さえあれば何でも買える世の中のはずだが貧乏だった子供の頃が何か良かったような気がする。こう言う気持ちって何なんだろう

今年も後数時間、どんな年だったのか?

北海道の端知床半島の付け根の町斜里町爆弾低気圧の影響もなく一昨日までほとんど雪が無かった。昨日少し降ってようやく正月を迎えるような景色になりました。私は朝早くから正月用の生物刺身などの買い出しに2軒のスーパーへ計5回の買い出し、嫁さんは年越しの準備で大忙しでした。今ようやく大晦日の準備が出来上がったところです。これから神棚に御神酒を上げて拝礼をし家族3人で今年私の両親の墓参りを兼ねたディズニ―ランドと東京観光の話でもしながらとしを越す予定です。来年も平凡でも家族3人穏やかにくらせる年になるよう心から願います。

順子閉店パート2

スナック順子が12月20日で20年の歴史に終止符を打った。23日友人と二人閉店した店に招待され店にある酒何を飲んでもいいですよと言われました。友人と私は即座にブランデーのXO飲むかな午後6時から午前2時まで7時間ママが電話で誘った同級生の女性も2人加わりカラオケで盛り上がりXOを1本半空けました。飲んだブランデーの美味しかった事生まれてはじめて飲みましたでもこんなに飲む事は無いだろうな飲み屋で飲んだら1本1万とか1万5千円とかするらしい。

 

   

お疲れさま順子ママ

今年66歳の同級生が集まる、スナック「順子」が12月20日で閉店する。小学生の頃から高校までずっと同じ学校でした。高校を卒業ご私は町を離れていたが10年前56歳の時Uターン10年になる。順子は40歳頃からスナックを始めたらしい二千円飲み放題(焼酎、ウーロン茶)本当は団体だけだと思うがいつの間にか一人でもオッケー見たいなことに

、小さな町だが彼女はロータリークラブの会長を勤めている。同級生のたまり場みたいな感じで飲みに行ってると必ずと言っていい位同級生と顔を合わせる。最近は現役を引退し年金生活に入っているので夜の街に出るのも二月に1回ほどでした。11日の日仲間5人と最後の飲み会をして来ました,7時から12時までカラオケもサービスなので盛り上がった最後になりました。カラオケの話になりますが自分の最初に歌う曲を心に決めていました,酔いが回り自分決めていた曲のイントロが流れたので誰が気を利かしたのかと思ったらカウンターの客が歌い始めました,なかなかの低音でいいなと思ってきいていたら曲が進むに連れて音程がバラバラ人が歌った後も気乗りせず心に決めていた「街の灯り」は幻の一曲になりました。順子ママとも一緒にに歌いました「初恋の人に似ている」似てないけど( ´艸`)順子さん長い間お疲れ様です。しばらくはゆっくりお休みください。

日馬富士の暴行疑惑に思う。

小さな身体で横綱になる事は並み大抵な努力でなれるものではないと思う。まして習慣の違うモンゴルから日本に来てである,私は特別な相撲ファンではないが好きな力士はいる,子供の頃は巨人・大鵬・卵焼き・の大鵬でした。なぜ好きだったのか変な表現かもしれないが相撲に荒さが無かったのではないかと思う,がっぷり四つに組んで寄り切りみたいな相撲が多かった様な気がする。でも朝青龍横綱なってからモンゴル人の横綱白鵬日馬富士3人とも共通していると思うのは、かちあげだとか張りての様な技が非常に多い様な気がするし土俵を割った相手に対して駄目押しをするシーンも目に付く。力士は心・技・体・が備わって初めて横綱になれるとの事、技・体・は備わっても心は難しいと思う日馬富士の暴行の席に白鵬も同席してたとのニュースも流れている今後どうゆう展開になるのか心配している。